長戸の徒然なる雑多な考察たち③ 「自由はいったいどこにあるの?part1」 | 東進ハイスクール高円寺校|東京都

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2015年 3月 1日 長戸の徒然なる雑多な考察たち③ 「自由はいったいどこにあるの?part1」

どうも、長戸です!!

最近はちょっと元気がなくなってしまっています。色々なことがあったものでして……(察してください笑)

そういうことで、この春休みは自分探しの旅に勤しんでいます。本を読んで色々悩んで。日記も付け始めました。

弱い自分を変えたいというのがおおざっぱな目標になるのですが、これがなかなか難しいですね……。

でも、ちょっとずつ前を進み始めています。まだ負けるわけにはいきません!

 

さて、今日は自由について考えてみましょう。

自由ってなんだろう?

たとえば、眠いから寝る、お腹すいたからケーキを食べる、退屈だからツムツムをやる……

居眠りをしている男の子のイラスト

こういうのは、あなたが自由に生きている……ということになるのでしょうか?

というのが、本日のテーマです。

カントという哲学者がいます。

彼はこう言います。

それは「自由」ではない。

自由に行動しているように思えているかもしれないが、単に欲求に支配されているだけだ。

自分の欲求(食欲、睡眠欲……)に体が突き動かされているだけではないか?

 

うーん、なかなかギャフンとさせられる指摘ですね笑。

彼の哲学を突き詰めるのは、かなり専門的でかつ難解なのでここではよしましょう。

ですが、考えてみてください。

ふと、「私は「私の人生」を生きているのか?」と感じる事はありませんか?

 

私は私ではなく、他の人のために生かされている。なんか社会の歯車みたい。

なんか自分が空っぽに感じる。いろいろなものが作り物のよう。

本当の私はどこ?私は私自身で人生を切り開きたい!

 

そんなことを感じたりしませんか?

この悩みは実はかなり多くの人が抱えているものです。

仮に抱えていても、それをおさえつけて生きているひともいるはずです。

今僕の読んでいる高野悦子『二十歳の原点』という本では、この悩みが鮮烈に書かれています。

 

さて、人間には自由なんてないという人もいます。(「決定論」と言います)

でも、ここで終わらせるつもりはありませんよ!

僕は、人間には唯一誰にも侵されない崇高な自由があると宣言します!!

それでは、次回このことについて詳しく触れていきましょう!

 

p.s.

高円寺文庫に新たな本が追加です!!

前回紹介した伊藤計劃の『虐殺器官』

 

 

そして、堤未果『社会の真実の見つけ方』

 

この本は、アメリカという国を長い間取材してきた堤さんが、アメリカではどのように戦争をする雰囲気が作られるか、そして、教育制度や保険制度の歪みで明るい未来を望めない若者の姿を描いています。

ぜひ高校生のみなさんに読んで欲しい本の1つです!

この人の書いた『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)もオススメですよ!

それでは~~!

 

以前の『長戸の徒然なる雑多な考察たち』のブログ記事はこちら ↓↓

長戸の徒然なる雑多な考察たち①「どうして学ぶの?」

長戸の徒然なる雑多な考察たち②「伊藤計劃『虐殺器官』」